6月から8月にかけて、渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムにて「レオ・レオニ 絵本のしごと」展が開催されました。
絵本原画約 100 点とともに、油彩や版画、彫刻約 30 点を見ることが出来る本展示には、たくさんの人々が足を運んだそうです。
本ブログでも、以前に「あおくんときいろちゃん」を紹介させていただいた、絵本作家レオ・レオニ。
私たち日本人にとっては、まず「スイミー」を思い浮かべるひとが多いのではないでしょうか。
国語の教科書に収録され、多くのひとにとって馴染みの深い「スイミー」。
筆者も小学校の国語の授業中に、鮮やかながらも透明感のある色彩の絵がいっぱいに広がった教科書のページを、何度も繰り返しめくったのを覚えています。
水彩画や油絵、切り絵、コラージュ、版画など、驚くほどのその表現の幅に広がりのある原画の数々と、「自己」や「生」を問い続けるそのテーマ性に導かれながら展示会場の奥へと歩みをすめると、
私たちにとって馴染みのある、あの「スイミー」の展示があります。
Swimmy©1963 by Leo Lionni, renewed 1991/Pantheon
©Semitransparent Design
展示会場の一角にある半円形の空間。
まるで絵本の世界の中に入っていくように足を踏み入れると、
プロジェクターによって壁一面に投射された「スイミー」が旅する海の世界、そしてたくさんの赤い魚と一匹の黒い魚が、まるで生きているかのように泳ぎ続けていました。
Swimmy©1963 by Leo Lionni, renewed 1991/Pantheon
©Semitransparent Design
会場にいた子どもが魚たちに手を伸ばすと、魚の群れはさっと逃げるように動きます。
しばらくながめていると、絵本のようにスイミーが目になり、魚の群れはおおきな一匹の魚になりました。
Swimmy©1963 by Leo Lionni, renewed 1991/Pantheon
©Semitransparent Design
壁一面に映し出される色鮮やかな海の中の世界と、人の動きに反応する魚たちの動き。
デジタルの技術を使って新しくスイミーの世界を描き出したその作品は、一体どのようにして制作されたのでしょうか。
今回は、そんなスイミーのデジタルコンテンツが生まれる上での経緯についておはなしをうかがってきました。
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まず、数多くの原画の展示が特徴である本展示会において、なぜスイミーは原画展示がないのでしょうか。
実は、「スイミー」の原画は現在行方不明で、遺族の方々も所蔵を確認できていない状況なのだそうです。
私たち日本人にとっては、レオニの代表作と言っても過言ではない「スイミー」を、なんとか展示に登場させたいとの思いから、アートディレクターである菊地敦己さんを中心に、さまざまなアイディアが練られました。
大型本などの造形物の作成も考えられたそうですが、絵本以上の強い作品をつくることができない、ではどうするかというところで、絵本の中に子どもたちが入っていけるよう仕掛けとして、映像をつくるという発想が生まれたそうです。
そこで、菊地さんのご指名により実際に制作を行った、Semitransparent Designのもとへ、実際にお話をうかがってきました。
Swimmy©1963 by Leo Lionni, renewed 1991/Pantheon
©Semitransparent Design
「レオ・レオニっていう作家がいて、スイミーが代表作、小学校の教科書にも載っている、みんなが知っているということ、それを損なわないように展示するっていうのが胆かなって思っていたんですね。
特にインタラクティブなものって、ともすると演出が全面に出てきて、原作を無視して、飛び越えて技術プレゼンテーションみたいなことになりがちなので、そうならないように気をつけました。」
そう語るのが、Semitransparent Designの田中良治さん。デジタルコンテンツがもつインタラクティブ性などの技術の存在感が、絵本の世界とどう上手く馴染むのかというのが、今回のキーワードとしてあったそうです。
「今回の展示の場合は、レオ・レオニっていう文脈がしっかりあったから、新規性やエンターテインメント性の強いインタラクションがなくても相乗効果で面白くなると思っていました。」
原作の文脈を無視することなく、いかにデジタルならではの要素を作品に取り入れるか。
今回の作品で用いられたのは、ボイドというアルゴリズムでした。
ボイドは、群れの動きをシミュレーションすることができるアルゴリズムです。
今回の作品では、
魚たちは隣の魚と同じ方向を見る
隣の魚と近づき過ぎたら離れる
隣の魚がスピードを上げたら同じようにスピードを上げる
これら三つのアルゴリズムが基本となっています。
それらに加え、
設置された3台のカメラが人影を認識すると魚たちが逃げる
絵本のストーリーにあるように黒色のスイミーが目となり一匹の大きな魚になる
という動きが合成されています。これらのアルゴリズムをもとに、鑑賞者が「スイミー」の絵本の世界に入る込むこと出来るような映像作品が生まれました。
田中さんがおっしゃるように、原作がある絵本にインタラクティブ性加える場合、その技術に必然性がないと、作品そのものが置いてけぼりになってしまう可能性があります。
ウェブを介したインタラクティブ表現を行ってきたSemitransparent Designによる今回の作品は、デジタルえほんにおけるインタラクティブ性に、別の角度からの光を当てたものだと筆者は感じました。
「インタラクティブものって、基本的に起承転結みたいフォーマットが合っていないと考えています。だから絵本の一瞬を切り取ってる感じになる。変わっている様子だけを見て、とくに“結”もなく、自分のタイミングで終わるっていうのがウェブコンテンツへの関わり方に似ているように思います。」
Swimmy©1963 by Leo Lionni, renewed 1991/Pantheon
©Semitransparent Design
たとえば、ストーリーを読み進めながら、画面にタッチすることでインタラクティブを楽しむといったような、“絵本+インタラクティブ”というのが、デジタルえほんのひとつ定型としてあります。
今回の取材の中で田中さんから出たお話は、そのようなデジタルえほんとは、また違う発想の作品の可能性を示しているように思いました。
「インタラクションを作る人が絵本作家をするということがあったりするのかなと。
ストーリーがあまり無くて絵の迫力やテンポ、面白さで構成されている絵本って絵を描く人が主体になっていると思うのですが、
主体がインタラクションを作る人で、ストーリーを考えるようにアルゴリズムを考えたり、構造を考えたりしながら作られるような絵本があったら、それはたぶん紙にはできないことだと思います。」
デジタルデバイスの普及により、インタラクティブ性を用いた表現というのは一般的になりつつあります。デジタルえほんにおいても、インタラクティブ性は大きな特徴のひとつです。
そんな中、“えほん+インタラクティブ”という発想ではなく、インタラクティブが主体となったデジタルえほんという田中さんの発想は、紙には決して出来ないデジタルだからこそ生み出すことができる表現のひとつの可能性であるように思います。
イラストレーターが絵本作家になるように、インタラクティブの制作者がデジタルえほん作家となれば、従来の発想にはない、新しいデジタルえほんが生まれるのではないでしょうか。
Swimmy©1963 by Leo Lionni, renewed 1991/Pantheon
©Semitransparent Design
原画が存在しない作品を、原画展の中で登場させるために生まれた今回「スイミー」のインタラクティブコンテンツ。
今回の取材で、
「原作があるデジタルえほんの表現とは」
「デジタルえほんにとってインタラクティブとは」
これらのことに深く考えさせられました。
まだまだ表現として生まれたばかりのデジタルえほんが、これからどんな広がりを見せるのか。
新しい表現がもたらす未来に期待したいと思います。
(ほりあい)
【展覧会名】 レオ・レオニ 絵本のしごと LEO LIONNI BOOK! ART! BOOK!
【会 期】 2013 年 6 月 22 日(土)-8 月 4 日(日)開催期間中無休
【主 催】 Bunkamura、朝日新聞社
【協 賛】 岡村印刷工業、あいおいニッセイ同和損保
【協 力】 Blueandyellow,LLC、エリック・カール絵本美術館、好学社、あすなろ書房、至光社、コスモマーチャンダイズィング
【企画協力】 渋谷出版企画
【後 援】 J-WAVE81.3FM
【お問合せ】 TEL:03-5777-8600 ハローダイヤル
【ホームページ】 http://www.bunkamura.co.jp/
【巡回情報】2013 年 12 月 7 日―2014 年 2月16日 北九州市立美術館分館
2014 年 4 月 26 日―2014 年 6月8日 刈谷市美術館 予定